メニュー 閉じる

「意味」の意味

「意味」という言葉は非常にありふれた言葉だ。

意味のある行動
意味深
意味がないね

「意義」という言葉で使うこともあるし、「価値」という言葉で使うこともある。
日常的に使う言葉だけど、僕たちは「意味」という言葉の意味を掘り下げてとらえているだろうか?

「意味」の意味を論ずるときに、必ず意識しなければならないものがあると思う。
それは、だれにとっての意味なのかということだ。

私にとって意味があることでもあなたにとっては意味がないことかもしれない。
あなたにとってあまり意味がないことでも誰かにとっては救われるくらいの意味があるかもしれない。

だから「意味」を口にするときに、誰にとっての意味なのかを意識することで、言葉の意味は全く違ってきてしまう。

さらにもう一つ意識したいものがある。
それは、意味を測る物差しだ。

健康に対して意味がある行動もあれば、経済的に意味がある行動もある。
地球環境を保全するために意味のある行動もあれば、人を笑顔にするために意味のある行動もある。

経済的にプラスの意味があっても環境保全にマイナスの意味となってしまう事柄などはありふれている。
自分を健康に保つことが家族の笑顔を保つために大きな意味をもつこともある。
同じ事柄でも意味を測る物差しによって、プラスの意味を持つこともマイナスの意味を持つこともその意味の大きさも全く違う。

普段何気なく「意味」と口にするとき、「誰にとっての」「何のための」意味なのかということを意識できているだろうか?

それを意識しないまま意味を考えるとすると、何を考えているのかも曖昧なままとなってしまう。
それを人と共有しないままで話をすると誤解や争いのもとになるかもしれない。

僕たちのすべての行動には意味があるともいえる。
日常の些細な行動から、自分の人生そのものをかけた生き方まで、すべての事柄に意味があるともいえる。

自分の人生の意味を考えるときに、誰にとっての意味なのかは非常に重要だ。
人生の意味というからには自分が死んだ後も残るものにとっての意味であってほしい。
もし自分だけのための人生ならば、自分が死んだら意味もなくなってしまう。
それは僕にはあまりにも寂しく思ってしまう。

自分の人生そのものが誰のための人生なのかは個人が自由に設定できる。
家族かもしれないし、地域の人たちかもしれないし、国かもしれないし、地球かもしれない。
もちろん自分自身を幸せにするという意味もしっかりと持っていたほうがいいだろうし、それだけでなく周りへ残す意味も持っていたい。

私の今日の一日は誰のために何のために意味があったのか思い返してみる。
私の明日はどんな意味を作っていこうか考えてみる。
私の人生はどこに向けて意味をもたらしていこうか思い描いてみる。

願わくば、私の日々と私の人生と、あなたの日々とあなたの人生とが、素晴らしい意味にあふれたものでありますように。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください